自覚症状のない「大人の発達障害」。長く働き続けるための「仕事の選び方」と「段取り力」とは?

 

ADHDの「多動性、不注意、衝動性」は大人になると変化する

 片付けや整理が苦手で日常生活に苦労したり、仕事でもミスや忘れ物が多くて約束も守れず、周囲に迷惑をかけてばかり……。こういった問題で悩んでいる人は、自分を責める前にADHD(注意欠陥・多動性障害)の可能性を疑ってみたほうがいいかもしれない。

 その際に参考にしてほしいのは、発達障害の研究と治療のエキスパートとして知られる田中康雄氏が監修した『大人のAD/HD[注意欠如・多動(性)障害]』(講談社)だ。本書によると、ADHDは子ども特有のものだと思われてきたが、最近では大人でも多くの人がADHDの特徴に悩んでいることがわかってきている。

 ADHDの特性は「多動性、不注意、衝動性」の3つに大きくわけられるが、大人になると変化し、多動性が弱まって不注意が際立ってくるのがポイントだ。男性の場合、「多動性」は、せっかちでイライラしやすく部下にあたる、ひとつの作業を仕上げずに他の作業に移るといった行動に表れる。「不注意」は書類をなくす、時間にルーズ、ミスや忘れ物が多い。「衝動性」でよくあるのは、突然キレたり、重要なことを独断で決めてしまったりするケース。

 女性の場合、多動性がおしゃべりや思考回路に表れて外から気づかれず、本人の苦しみが理解されないこともある。衝動性の面では衝動買いやヒステリックな言動が、不注意の面ではマメに連絡をとりあう女性同士の交流や片付け、身だしなみが苦手というのが特徴だ。また学生の場合は、その3つの行動特徴が原因で学校生活に支障が出て不登校になることもある。

 では、精神神経科や心療内科で実際にADHDと診断されたら治療は可能なのだろうか?

 ADHDの治療法は日々研究が進められ、薬物療法が急速に広まっているが完治はしない。もちろんそういった治療法に頼るのもひとつの方法だが、一番大切なのは薬がなくても安定した生活を送れるようになることだと締めくくっている。

発達障害は完治しない。しかし安定した生活を送る方法はたくさんある

 その具体的な方法を提案しているのが『「大人のADHD」のための段取り力』(講談社)である。著者は1997年に『のび太・ジャイアン症候群』(主婦の友社)を上梓し、日本ではじめて本格的にADHDを紹介した医師・司馬理英子氏だ。

 「段取り力」というと、物事を順序立ててテキパキこなすことをイメージするかもしれないが、このタイトルの意味は少し違う。本書ではADHDの特性である「目の前のことしか見ていなくて失敗する」点に注目。その前後で「何をしておけばうまくいったのか」という点を洗い出し、それぞれの点と点をつなげることを「段取り力」としている。

 その段取り力を身につけるためには、(1)時間の管理、(2)ものの管理、(3)プランニング、(4)記憶の補強、(5)(気持ちの)持続力、の5つの課題をまず意識すること。

「いきなり5つの課題なんてできないよ」とハードルが高く感じられるかもしれないが、その後に続く具体的なアドバイスはとてもわかりやすく、すぐに真似できるものばかりだ。

 たとえば、遅刻が多く締切に遅れがちな人は「時間の感覚が弱い」ため、時間の枠組みを決める時間割をつくる。片付けが苦手でよくものを失くす人は「ものに感情移入しやすい」ため、管理すべきものの量を減らし定位置を決める。いつもドタバタあせってミスする人は「好き嫌いでやることを決める傾向がある」ので、やるべきことの優先順位を決める。約束や大事なことを忘れがちな人は「記憶のお盆(ワーキングメモリー)が小さい」ので、「覚えておこうはムリだと思って」メモをとる癖をつけるなど。そのように「できなかった点」と「できるようにするための点」をつないでいけば、仕事も日常生活もどんどんスムーズになっていくだろう。

自分の発達障害の特性に合った仕事を選べば、長く働き続けることもできる

 ここでもうひとつ忘れてならないのは、発達障害の人が長く仕事を続けるために、自分の特性に合った仕事を選ぶことである。しかし発達障害を自覚しないまま社会に出た人は、働きはじめてから自分の得意、不得意に気づくことが多い。そこで自分の特性を理解するためにはどうすればいいのか? 働き方を見直して復職するにはどうすればいいのか? 同じ障害を持つ仲間や家族、同僚の理解を得るためにできることは? といった問題に焦点を当てているのが『発達障害の人が長く働き続けるためにできること』(講談社)だ。著者は、メディカルケア虎ノ門院長としてうつ病の治療、復職支援に携わるなかで、昨今増えてきた発達障害向けの復職支援プログラムを作り実践してきた五十嵐良雄氏。

 本書の発達障害別の特性を読むと、自分に合う仕事がどういうものなのかイメージしやすくなるだろう。たとえば、ASDの得意分野は、規則的・計画的な仕事、反復作業、膨大な情報量を扱う仕事、製品を管理・整理する仕事。不得意分野は、臨機応変な対応を求められる仕事や、対話中心で形にならない要素が多い仕事など。ADHDの得意分野は、臨機応変に作業する仕事、自主的に動き回ったり、新しい情報を求めたり、移動や身体を動かすことが多い仕事、ひらめきや企画力を求められる仕事。不得意分野は、文字や数字のこまかな確認が多い仕事、長期的な計画を立ててじっくり進める仕事など。これだけでも自分に当てはまることがある人がいるのではないだろうか。

 今の職場で心身の不調をきたしている人が医療機関を受診する際の注意点や、専門外来のかかり方も丁寧に説明。診察では本人の生育歴を詳しく知る必要があるため、大人でも母親が同席したほうがいいというのは専門医ならではのアドバイスだ。さらにメディカルケア虎ノ門が実施している「復職支援プログラム」の内容もすべて公開し、発達障害の特性に合わせた働き方の見直し事例も豊富で参考になる。

 発達障害の人でも社会で活躍している人は世界中にたくさんいる。また、発達障害に関する研究、支援、情報公開もここ数年で急速に広まってきている。発達障害の特性によって生きづらさや働くことの難しさを感じている人は、今回紹介した3冊を読むだけでも多くの気づきや救いがあるだろう。そこから一歩ずつ希望に向かって前に歩き出してほしい。

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